雨の降らない星では愛せないだろう?


プラチナ9DISCをいつ買おうかなぁと思っていたんですけど、この曲が聞けるっていうだけでも本当に欲しいっていう感じだったので、
楽器買いに行くついでに買っちゃいました。
また追々他にも書きたいことがあったら少しずつ書いていきたいなと思いますけれど。


何ていうか、きっとこの曲にある意味全部が詰まってるんじゃないかって思うんですね。
自分も決して最初からそんなに考えたりしていたわけじゃないし、一番最初に娘。に出会ったときからそんなことを考えていたわけじゃないのだけれど、
多分自分が娘。だったり、Berryzにしても℃-uteにしても誰にしてもハロプロが好きだっていう理由の大きな何かがこの曲には詰まっているんじゃないかなって感じていて。
最初にライブで聴いた時からなんだか不思議な感覚に陥ってたんですけど・・・きっとそうなんだろうなぁ・・・


悲しみのない星では優しくなれないだろう
僕たちは誰彼を憎む必要はない
夢のない星にはならないように
僕たちが大声で歌うのさ


悲しいことがあったり、辛いことがあって、一人じゃどうしても抱え切れなくて支えきれなくて・・・
だから人は誰かと寄り添って生きていきたいと思う。
辛いときに誰かの優しさに救われた人はそれに気付いて、今度はその人が誰かの悲しみに気付いて、
教えて貰った優しさをその人に伝えてその人を癒す。
悲しみなんてものがなければもしかしたらそれこそが一番素敵なことかと思うことも多いのだれど、それでもやっぱり辛いことも悲しいこともある。
だけど、悲しいことがあるからこそ、それを癒す優しさも同じ数だけ存在するのだと思いたい。
悲しみがあるからこそ優しさが生まれるっていうことはきっとそういうことなんだと思う。
誰の助けも必要とせず、誰も悲しむ必要なんてない世界であったなら、きっと優しさも生まれることはないんだろう。
だって誰も優しくしてもらう必要がないのだから。


憎む必要はない・・・か。人それぞれだって言ったって、考え方も違うって言ったって、どうしてもやっぱり許せなかったり、
何でこんなやつがいるんだ?!って思うこともあったりするのもまた確か。
この人のこんな考え方が好きになれないとか、もっとこういう風に考えてくれればいいのになぁ・・・とか思ったりしても、
結局その人の考えを自分自身が変えることなんて出来なくて、何度言ったって伝えたって変わらない。
でもね、そんな時に自分が教わったのは「他人を変えようとするんじゃなくて、自分が変わること」
納得いかないものを納得する必要はないし、自分自身の考え方をその人に合わせる必要ももちろんない。好きにならなくたっていい。
だけど、それを受け入れる、認める、心にゆとりを持って接するようにする。そうすると随分見え方が違ってくるものだ、って自分は教わった。
でね、憎むというのではなくて、それを相手の意見と認めた上で納得いかないことは納得いかないと言えばいい、伝えればいい、そういうことなんじゃないかなって思う。
自分も全然そういうことはまだまだ出来ていないのだけれど、きっとあの子はそういう子なんじゃないか。
人を認めることが出来る、人との違いをちゃんとその人として受け入れることが出来る、だから誰に対しても分け隔てがなくて、
特定の誰かとかだけじゃなくって、皆が幸せでありますようにと願う。
きっとあの子はそういう子なんだと思う。分かる人にはきっと分かるよね。


夢のない星にはならないように・・・か。
歌っていうのは歌詞を書く人の気持ちもそうだし、歌う人の心もそうだし、そして聞く人の心によっても全然変わってしまうもの。同じものなんて一つもない。
だから、自分が彼女達の歌を聴いて色々なことを感じたりするのはやっぱり自分が大好きな彼女達が歌っているからこそで、その彼女達の気持ちを感じるからこそなのだとも思う。
でも、決してそれだけじゃなくってね、つんくさんの書くこういう歌詞、世界が凄くね自分自身が好きなんだと思う。
彼女達が好きだってのはもちろんだし、自分自身特に理由もない限りは誰が作詞してるとか作曲とか気にして聞くような人間じゃないからあれだけれど、
それでもやっぱりこうして11年もの間ハロプロの子達が好きで、曲も大好きでずっと聞いてきて、
見てきている理由の一つに彼の存在っていうのは間違いなくあるはずなんですね、自分の中で。
この曲にしたってそうだけれど、他にもでっかい宇宙に愛があるなんて曲もそうですけど、凄く凄く世界が広いっていうか大きいんですよね。
よく色々な歌手の人が新曲を出す時に「この曲はどんな人に聞いて欲しいですか?」なんて質問を受けて答えてることがあるんですけどね。
遠距離恋愛の歌なのでそういう経験がある人にはきっと色々共感して貰えるんじゃないかと思います」なんて答えがあったりする。
それは確かにその通りで、自分自身の経験とシンクロしてフラッシュバックして・・・世界に入り込んで・・・なんてことも良くあること。
だけど、こういう経験をした人にしか感じることの出来ないものとか、特定の条件を持つ人にしかわからないものじゃなくって、
本来歌っていうもの、音楽っていうものは、人の経験とか記憶とかに左右されずに全ての人に届けられるもので、届くはずのものじゃないかって思う。
彼の考えている、彼に見えている音楽の世界っていうのはきっとそういうものじゃないかなぁ・・・って想像でしかないけれどそんな事を思ったりもします。


身近に感じられる歌詞がいいとか、同じような経験があるから共感できる、なんていうのもいいのだろうけれど、
こういう曲だってスケール大きく聞こえるかもしれないけれど、決してそんなに遠い話じゃなくって、むしろ凄く身近な世界じゃないかなって思う。
スケールの大きさを感じながらも、決して特別ではなくて普遍的であって・・・そんな感じのものを表現することに凄く長けている人じゃないかなって思ってます。
そして、彼が最初は5人で始まったあの子達から繋がって色々な事をやってみようとか、色々な子達を探してって・・・
こうやってきた中には彼自身の色々なそういう願いとかも込められているんじゃないかな、きっとね。もっと多くの人に。
そして、それを感じて受け止めて伝えることが出来る子達なんだよね。


雨の降らない星では愛せないだろう
悲しみのない星では優しくなれないだろう


と綴った人は


晴れの日があるから
そのうち雨も降る
全ていつか納得できるさ


と綴っていた人でもある。
今になってようやく少し分かった気がする。