ゴメンナサイ


ということで、昨日はBuono!が主演している映画「ゴメンナサイ」を観てきました。
昨日も書いたように、本当に全体としては、ゴメンナサイ・・っていう感じの内容にしか感じる事が出来なかったのですけれど、
折角見たのだから、何かしら感じる事とか、自分にとってプラスになることとか見つけられたらいいですよねぇ。


どうせ何かをやるなら、少しでも前向きに取り組みたいじゃない。それって結構大事なことじゃないかなと思います。
って、あまり関係ない話になっちゃいましたが・・・少しだけ?




・愛理が


可愛い。これはいつものことですね。はい。
どこにいても何をしていても可愛いです。はい(照


という部分だけではなく、ホラーだけに怖がる演技とかもかなりいい感じだったと思いますし、良かったんじゃないかなぁ。
でも、個人的にはやっぱり鈴木愛理という人は「ライブ」に限るなと思っております。今の所の感想ですけどね。これからまだまだ可能性沢山あるわけですし。
ライブっていうのは歌も勿論なんですけれど、演技も含めて。
「リアルタイム」で、「生」で何かを訴える、演じる、伝えようとする、そういう「ステージ」に立っている時の彼女の姿から感じるものから比べると、
こういうスクリーンを通して彼女から感じるものって圧倒的に劣るのですよ。
いや、普通にライブで見るのとCDで聞くのとじゃ違うっていうのはそりゃ当然のことなのだと思いますけれど、そういう「一般的な話」以上に違うと思うのですよねぇ。


でもそれが悪い事だなんて個人的には全然思っていなくて、むしろそれは彼女の強みじゃないかなぁと思っています。
直接伝える機会を増やすためには、っていう部分もあるので一概には言えないかとも思いますけれども、
自分が鈴木愛理を見るなら生ライブ、生の演劇などに限るなぁ・・・と本当に強く感じます。


あっ、普通のDVDとかならもう全然、映像でも。
だって、そのままで可愛いですもん(照


まぁ、そんな事を思っています。


・みやびちゃん


恐かったです。凄く怖かった・・・
皆でも話していましたけれど、あの役柄をBuono!3人の中から選ぶならみやびちゃんしかいない!!
っていう部分のみにとどまらないぐらいに、決まっていたと思うなぁ。
本当にみやびちゃんであることを忘れて恐怖しましたもん。。。怖かったよ。。。


・ももち


ももちは演じていても、演じる部分と素の部分のスイッチが交互に入るというか・・・そういうのがあると思うんですよねぇ。
今までのゲキハロとかでもそうだったと思いますしね。
でも、それは別に彼女だけに限った話ではないのかもしれないよなぁ・・・とも思いますけれど。


個人的には彼女の、例えば「キャー」と叫んで逃げるところとかが、いかにもいつもの「ももち」であったりして、
それが恐怖の中にある安堵感につながっていたかなぁと思います。
映画の見方として正しいのかどうかなんてわかりませんけれど・・・だって必要以上に考えると怖いんだもの・・・(苦笑)


それ以外では、本編終わった後にメイキング?的な映像が少しだけ流れるのですけれど、
そこで愛理に迫っているももちがいつもと違う感じで迫力があって良かった!!


・原因とか経緯とか背景とか


最初はなんでこの「黒羽さん(みやびちゃんが演じた役)」はこんな事するのだろう?って思っていたのですけれど、
その謎が本人の日記の公開という形で明かされるのですね。
その日記の内容が凄く切なくてね・・・
今まで恐怖とか、そういう感情に支配されていたことが多かった自分の心が一気に変わった瞬間でした。


なんでそういう風になったのか?とか、どうしてこうなのか?っていう事を省く事、多いですよね。
結論を急ぎ過ぎたり、勝手に先入観で物事を決めつけて、そして自分で勝手に判断して良く調べもせずに行動に移す。
何で「色々な人を受け入れよう」とする方向じゃなくて「変わった人は排除しよう」みたいな流れになりがちなのかなぁ・・・
いじめというのもあるのですけれど・・・これもねぇ・・・。


親、一番大切で、愛すべき人達でもあって、そして一番愛して欲しい人達でもある。
その人に、人達から見捨てられたっていう風に感じた時、それも小さい頃に・・・ああいう風になってしまう人は少なくないのかもしれない。
いや、そんな事ばかりではないとは思いますけれど、でもねぇ・・・


そういう意味では、例えばベリキューのメンバーを観ていて、直接的に或いは間接的にそのご家族の存在を感じる機会ありますけれど、
彼女達はきっと間違いなく愛されて、そして今も愛されて育てられているのだなぁ・・・って感じる事が多々あって。
そういう部分では凄く安心しているということもあったりします。


その辺りかなぁ・・・感じて、考えておきたいことって・・きっと。